周産期のメンタルヘルス

備忘録的に学会雑誌の読後の感想を不定期に。【雑誌プライマリ・ケア Vol.5 No.4 2020】です。

今回の特集は妊産婦のメンタルヘルスケアは医療や関連機関へのアクセスが十分でないこと、プライマリ・ケア医が妊産婦の変化に気づく機会があるので関わりが期待されるという内容です。

読後の感想

当院でいかに周産期メンタルヘルスケアの機能を実装するか?を考える際に、この特集は実際に地域で実践しているK先生が書かれていると言うことでとても参考になります。家族ライフルサイクルの側面や下記の周産期うつのリスク因子、「エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS: Edinburgh Postnatal Depression Scale)」等のスクリーニングツールを参考にしながら、家庭医療診療所としては様々な機関に接続するハブ機能を意識して、自治体の保健センターにある「子育て世代包括支援センター」や通院している産婦人科、信頼できる精神科医と連携していくと言うことになるんだろうなという感想です。

周産期メンタルヘルスとは?

日本の周産期医療は、周産期死亡率、新生児・乳児・妊産婦死亡率の指標は世界のトップクラスとなっていますが、最近は子どもの虐待や周産期の精神障害など、心理社会的問題が浮上している現状となっています。2016年に竹田が2005~2014年の間に東京23区で63例の自殺が起こっていたことが発表され、産科異常による妊産婦死亡率(東京都)の2倍以上であったことは大きな衝撃となりました。(図はともに参考文献3より)

周産期は精神疾患の発症や再発、増悪のリスクが高まるとも言われ、特にうつ病に関しては様々なエビデンスが明らかになっていること、妊婦のストレスを把握しケアすることで産科的合併症や出産に伴う子どもへの影響を少なくできる可能性が報告されていること、産後うつ病の母親は自らはケアを求めない傾向があることがあるため、医療保健従事者側からスクリーニングを働きかける必要がありそうです。

参考文献1,2を参考にすると周産期うつ病のリスクは以下のようです。

周産期うつのリスク因子
  1. 若年夫婦
  2. 過去の精神科疾患の既往歴
  3. アルコールなどの物質乱用歴
  4. 妊娠や出産に対する不安の訴えの持続
  5. 夫が非協力的で夫婦関係が悪い
  6. シングルマザー
  7. 自身の周囲(家族や友人)からのサポートが乏しい
  8. 今回の妊娠前後から出産までに経験するライフイベント
  9. 流産や死産
  10. 産後の重いマタニティブルーズ

以下妊産婦のスクリーニングの考え方について参考文献3からです。

妊娠中のスクリーニング
  • 妊娠中のうつ病は約 10% にみられる。
  • 妊娠中のうつ病のリスク因子は、妊娠中の不安、ライフイベント、うつ病既往、ソーシャルサポート不足、家庭内暴力、望まない妊娠などである 。
  • 妊娠中のストレスや抑うつ、不安は、早産や低出生体重児といった産科的合併症、長期的な子どもの情緒とその発達に影響する 。
産後のスクリーニング
  • 産後は 10 ~ 15% 前後にうつ病がみられる。
  • 産後うつ病のリスク因子は、精神疾患の既往、妊娠中のうつ症状や不安、ソーシャルサポート不足などである 。
  • 産後うつ病は産後数か月以内に発症し、好発時期は産後 4 週以内である 。
  • 英国における妊産婦死亡の調査で、死因のトップが自殺であり、自殺の原因にうつ病の占める割合が多い 。日本においても妊産婦死亡に占める自殺の割合が多い 。
  • 母子心中や嬰児殺しの背景には産後うつ病が関連する事例がある。
  • 産後うつ病は、母子関係や長期的な子どもの情緒とその発達に影響する 。
  • 母親のうつ病は父親のうつ病に関連し、周産期における父親のうつ病発症は増加する 。

まだ漠然としていますが、普段の何気ない関わりからリスク評価を行い、産後の体調のちょっとした変化を医師だけでなく診療所のスタッフ全員で感じ取りスクリーニングしていくイメージかと考えています。

エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale)

使い方、解釈についても参考文献3に記載があり、また他の質問票についても記載があるためぜひ文献を確認していただけたらなと思います。

では街の家庭医は妊産婦メンタルヘルスにどう関わるか?

当院の状況として、妊産婦に関わる場面を考えると多い順に

  1. 2ヶ月の乳児の初回のワクチン接種時に褥婦である母と出会う
  2. ワクチンや風邪などお子さん自身が当院に通院しており、その受診時に母が2人目以降の妊婦となる、なっていることを知る
  3. 風邪等の受診で女性が妊婦であることを知る(嘔気に対する診断が妊娠と言うことも)

という3種類がありそうです。たとえば甲状腺疾患などの基礎疾患があり通院している方が妊娠するということもありますが、妊娠を考えた時に産婦人科と連携が可能な甲状腺専門医に紹介するため、妊娠期間中に定期的に関わるということはほぼありません。

3のような妊娠期間に偶然遭遇するということもそれほど多くはないため、当院で関わるのは

  • (上記1の)産後2ヶ月から1歳までの褥婦に対する(月1回程度の)アプローチ
  • (上記2,3の)妊婦が受診した際の(お子さんを通じた数回もしくは妊婦本人に対する偶然の)アプローチ

となります。

精神科医むけの論文ではありますが、街の家庭医がどのレイヤーにどのようなアプローチをするのかについて、ハイリスクアプローチとポピュレーションアプローチを表した参考文献2が参考になりました。

産後2ヶ月から1歳までの褥婦に対するアプローチ

基本的にお子さんは生後2ヶ月でワクチンデビューをしますので、2ヶ月から5ヶ月まで毎月、その後は1歳まで数回定期的にお会いするため継続的な関わりが可能となります。「育児支援チェックリスト」や「エジンバラ産後うつ病質問票」「赤ちゃんへの気持ち質問票」がスクリーニングツールであるという性格上、出産後2~3ヶ月とった早い段階でポピュレーションアプローチとして確認した方が良さそうです。

ただ、自治体の新生児訪問等などで同様のことをやっているかもしれず、自治体の保健センターに取り組みの確認をした方がよいかとも考えています。

妊婦が受診した際のアプローチ

この場合は他の受診動機で来院していることもあり、現在の診療では、妊娠・出産についても「ついでに」相談にのるというメッセージを発することかと考えています。参考文献1の周産期うつのリスク因子を念頭に置きながら、スクリーニングとして、「妊娠・出産に関して気になっていることはありますか?」の問いかけと、あれば相談にのり、通院している産婦人科(助産師・看護師)や子育て世代包括支援センターなどと連携をとる方法、受診した際の院内掲示やホームページでの妊産婦メンタルヘルスに関するアナウンス、チラシなどでアウトリーチを試みる方法などがあるかと思います。いずれの場合も当院の看護師、事務の力を借りてチームでのアプローチにすることが街の家庭医の診療所として重要な気がします。

最後に~街の家庭医の診療所に周産期メンタルヘルスケアの機能を実装する~

恥ずかしながら現状は、ワクチンデビューした2ヶ月のお子さんを連れたお母さんに「お母さんの体調はどうですか?」という医師の個人的な問いかけで終わっています。街の家庭医の診療所に周産期メンタルヘルスケアの機能を実装するためには、システマティックなチームアプローチとして継続的な関わりとする必要があります。

そのために次回の職員会議で周産期メンタルヘルスケアに関するスタッフ教育を開始することからはじめようかと考えています。

日常診療で何気なく過ぎていくなかに、家庭医療診療所として変身していく話題があることを気づかせてくれる良い特集でした。読んでいない方は是非!

参考文献

  1. プライマリ・ケア Vol.5 No.4 2020 日本プライマリ・ケア連合学会
  2. 菊地紗耶 他 周産期に新たに生じる精神科的問題への介入─精神科医に求められる役割─ 総合病院精神医学.2015;27(3):212-218 
  3. 公益社団法人 日本産婦人科医会 妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル ~産後ケアへの切れ目のない支援に向けて~ 平成 29 年 7 月
  4. 日本産婦人科医会 母体安全への提言 2016 Vol.7
  5. Alessandra Biaggi, Susan Conroy, Susan Pawlby, and Carmine M. Pariante.Identifying the women at risk of antenatal anxiety and depression: A systematic review J Affect Disord. 2016 Feb; 191: 62–77.

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