街の家庭医は都市部のプライマリ・ケアにどう関わるか?

現在は政令指定都市で診療をしていますが、以前は都市郊外の診療所で所長をしていました。

受診者層の違いを実感することが多く、自分自身も今までの診療スタイルとは少し変えて診療をしなければと思ってはや6年が経ってしまいました。

「街の家庭医は都市部で地域とどう関わるか?」についてはいつか向き合わなければと思っていました。何となくの個人的な実感はあるものの大きな視点で見るとどうなのか?などは一度調べてみたかったこともあり、ブログを書き出したのをきっかけに今の感覚をまとめておきたいと思います。

何が都市部のプライマリ・ケアで問題となるのか?

WHOから

いきなり大きな話になってしまいますが、WHOから「隠れた都市の姿」、2016年の「都市部の健康に関するグローバル・レポート」では都市部の健康問題、健康格差などが指摘され、持続可能な開発のため公平でより健康な都市について示されています。

  1. 持続可能な開発に向けた健康格差(Health inequity)の縮小
  2. 都市部での全ての人への低コストな保健医療へのアクセス:ユニバーサル・ヘルスカバレッジの推進
  3. 感染性疾患:密集によるインフルエンザ、結核やHIVといった性感染症性感染症
  4. 非感染性疾患:運動不足、食生活の変化などライフスタイル変化に伴った心血管疾患や悪性腫瘍
  5. 21世紀型栄養不良:低栄養と過栄養に二重負担
  6. 安全な水と衛生環境
  7. 健康的で持続可能なら都市設計
  8. 都市における移動手段:都市の車社会化を減らす
  9. 都市部の住宅供給:クリーンエネルギー、インフラの整備
  10. 都市部の安全:暴力などの犯罪
  11. 健康の公平性に向けた取り組み

日本の統計からその1~都市部の高齢化

厚生労働省の「都市部の高齢化対策に関する検討会」の資料や国立社会保障・人口問題研究所の統計をみると、2025年問題とされた時期を超えても都市部は高齢者人口が割合とともに増加します。

2045年時点で 75 歳以上人口が多いのは、東京都、神奈川県、大阪府、埼玉県、愛知県など大都市圏に属する都府県で、図のように2045年の 75 歳以上人口を、2015年の値を 100 としたときの指数でみると2015年から2045年にかけて 75 歳以上人口が 1.5 倍以上に増加するのは埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、滋賀県、沖縄県となっています。

私が診療している県でも1.58倍と今よりもさらに高齢化が進むことになります。

日本の統計からその2~都市部への人口の流入

2010年ごろを境に日本の人口は減少傾向ですが、人口が減少する中で都市部に人口が流入します。

全国の総人口に占める割合は、都市部では今後徐々に増大し、2045年には東京都(10.6→12.8%)、神奈川県(7.2→7.8%)、埼玉県(5.7→6.1%)愛知県(5.9→6.5%)となる推測です。特に南関東への集中が目立ちます。

文献から~都市部の代表的な健康問題

大都市部の代表的な健康問題として、文献2では以下の指摘があります(一部抜粋)。

  • 大都市への人口流入による健康格差の拡大
    • 大都市部での不健康は地方のそれよりも深刻
  • 高齢者人口の爆発的増加
    • Multimorbidity
    • Complex & Chaos
    • 在宅医療
    • 地域包括ケアへの期待
  • 医療システムがカオス状態
    • プライマリ・ケアの分断
  • 都市部ならではの感染症
    • 輸入感染症やHIV等の各種性感染症
  • マイノリティのヘルスケア

都市部への人口流入と都市部での高齢化はここでも指摘されています。都市部には医療機関も多数あり、アクセスも良いため、複数の疾患を抱えた高齢者が複数の医療機関を受診するという状況は日常的になっています。

患者さん本人がそれぞれの医療機関や診療科への受診に関して、それを調整できる間はよいかもしれません。しかし、その調整する能力は、年齢が増えること、受診する医療機関の数と反比例し、実際にはケアの細分化が起きている印象をもっています。次の項目でもありますが、ここは街の家庭医が積極的にかかわる都市部のプライマリ・ケアの問題と考えます。

次に都市部ならではの感染症です。本来は輸入感染症や結核、HIV等の各種性感染症が都市部の問題でしたが、2020年に世界に一斉に広がった新型コロナウイルス感染症は3大都市圏と北海道、沖縄、福岡などを中心に患者数が増加しており新たな感染症として一躍都市部の感染症になのりをあげた感があります。

2020年11月時点では第3波ともよばれる新型コロナウイルス感染症患者の増加が都市部を中心にみられ、人の移動と関連して地方へと広がっていく状況も見られています。医学的な範疇を超えて、こういったウイルスとこの先のどう付き合っていくのか、どのような未来を描いていくのかも都市化とともに人類に問われている課題のように感じます。

自身の実感から~都市部の診療で何が変わったのか?

では自分の実感に戻って、都市部の診療で何が変わったのか?について考えてみたいと思います。

  1. 子世代同居の高齢者ではなく、独居の高齢者や高齢夫婦の家族の診察が増えた
  2. Multimorbidity (多疾患併存の)高齢者が増えた
  3. 仕事に行けない、学校に行けない、ひきこもりといった相談が増えた
  4. 施設入居者の在宅医療の相談依頼が増えた
  5. 留学生を含めた在日外国人の受診が増えた
  6. トランスジェンダーなど性的マイノリティの方の診察が増えた
  7. 先天性疾患を抱える小児の在宅依頼の相談が増えた
  8. 上部消化管内視鏡検査はやらなくなった(郊外の診療所ではやっていましたが都市部は医療機関へのアクセスが良いためそもそも自分ではやらないことに)
  9. 外来での関節穿刺・注射などの処置が減った

です。次のような患者さんとの出会いは非常に都市部らしいと感じています。

80台女性 夫に付き添われて「えらいので点滴して欲しい」とのことで来院。 話を聞くと区外の総合病院に尿路系悪性腫瘍のため泌尿器科、糖尿病のため内分泌内科で3種の内服処方を受けている。説明は受けているであろうが、悪性腫瘍の状態、糖尿病のコントロールについては不明であり、付きそいの夫も高度難聴で妻の病状についての確認は困難である。本人の改訂長谷川式簡易知能評価スケールを確認すると14/30点であった。

出会いからケアが細分化しており、この場面で認知症専門医の外来受診を勧め、私は「点滴」だけするというのは、自分自身ですらもケアの細分化を進める存在になってしまうという意識が働きます。

6歳男児 0歳児に訪問看護ステーション経由で在宅担当医をお願いしたいとのことで紹介。 先天性の疾患によりNICUに入院していたが、退院後のいろいろな相談先としての依頼あり。 当初は経口摂取困難でNGチューブ交換をっていたが、成長とともに経口摂取が可能に。時期に応じたワクチン接種や普段の体調不良時の対応、小児慢性特定疾病の書類、定期的な気管切開カテーテルの交換は当院で行っている。数か月に1回の受診である大学病院の担当医とも連携し、緊急時の入院対応もスムーズである。 来年は小学校入学を控え、療育センターの保健師と今後の療養について相談している。

6年間みているお子さんです。初めの頃は急性期病院、大学病院の受診で起きたことを把握することだけでも苦労していたこと、母から聞いた施設名を療育センターの名称と思わずヘルパーステーションかと思いこんでいたことなどが思い出されます。

都市部では医療機関のみならず、訪問看護ステーション、居宅介護支援、リワーク支援の事業所といったヘルスケアシステムの構成員が多いです。複雑で一見しての一覧性がなく、有機的なつながりとなっているとは言い難いなかでどのように患者中心にそれらを接続していくかを判断するするのは難しい仕事ですが、やはりこれも街の家庭医に必要なコンピテンシーなのでしょう。

都市部のプライマリ・ケアで必要なコンピテンシーとは?

Think grobally ?

では都市部でのプライマリ・ケアでどのようなコンピテンシーが必要とされるのでしょうか?米国家庭医療学会から都市部の家庭医療の研修プログラムとして提言を参考にしてみます(参考文献3)。

  1. 都市部でunderserved(十分なサービスを受けていない人々)へのケアに取り組むことをミッションとする
  2. 基本的に都市部の患者集団に対する診療を行う
  3. Culturally effective community-responsive primary care(文化的に効果的な地域社会に対応したプライマリ・ケア)を提供する
  4. 都市部のコミュニティヘルスセンター、ホームレスシェルター等での経験
  5. 都市部の公衆衛生部門での経験
  6. 外傷を含む救急室での診療経験
  7. HIV/AIDS クリニックなどでの経験
  8. Occupational health(産業医学)の経験
  9. Adolescent medicine(思春期医学)の経験
  10. Acute and chronic mental illness(急性期、慢性期のメンタルヘルス)の経験
  11. Substance abuse treatment (薬物乱用)facility or program

ひとつのクリニックではこれら全てを行うこと、またこれら全てをプログラムとして用意することは現時点では困難な印象を持ちますが、診察室までこれない方まで配慮するという点では1のunderservedへのケアを意識することは重要です。これも文献2で触れられています。

またMitsuyamaらは、文献4で都市部の家庭医に求められるものとして10のコンピテンシーをあげています。

  1. 状況に応じた総合的なケア能力の実証
  2. 都市部における細分化されたケアの統合
  3. 細分化されたケアを受けた患者への積極的な関与
  4. 都市部の各地域の特徴であるマイノリティグループの包括的ケア
  5. 都市部のさまざまな職業/ライフスタイルを理解する
  6. 都市部でさまざまな価値観を持つ患者との合意の形成
  7. 患者の状況に応じた適切な病院紹介の判断
  8. 都市部における緊急医療問題のための地域協力の取り組み
  9. さまざまな医療および福祉担当者との協力
  10. 非居住者の家族とのコミュニケーション

細分化されたケアに関わり、統合することはここでも触れられています。医療機関へのアクセスが容易であることによりケアが細分化されやすいため、患者さんとの初めての出会いが細分化された一部であることも多いですが、様々な価値観の妥協点を見いだしながらケアを統合していく方向に構築/再構築することはやはり都市部の家庭医に求められるもののようです

Act locally…的まとめ

「都市部のプライマリ・ケア」といっても、一般化された「都市部」があるわけでもなく、やはり自分自身が診療する「都市部である地域」にどのように家庭医として関わるか?ということがそもそものスタートでした。時間不足で未消化かつ抽象的ではありますが、自身の診療のなかで課題と感じる

  1. Multimorbidityの高齢者を中心として細分化されたケアを統合し、患者中心に構築/再構築する。
  2. 不調を訴える思春期~若い世代に対する対応:思春期医学についての特徴を学ぶ
  3. 在日外国人とのコミュニケーション:やさしい日本語や英語等を利用したコミュニケーションや、その方が属している背景のコミュニティについて意識的になる。
  4. 都市部の感染症としてのCOVID-19を意識した、発熱感冒症状の方への対応
  5. Underserved、健康格差(Health inequity)に意識的になる

ことをひとまずの目標にしたいと思います。もう少し家庭医療学的な側面も再読しないといけません。また、都市部の健康に関わることは、都市という街作りでもあることがわかり、SDGsと都市部のプライマリ・ケアが全く違う話題のものではなく、むしろ第3目標(保健福祉)、第11目標(まちづくり)などでつながりのある概念であることも実感できました。

今回は長々としたブログになってしまいました。また実践を積んだのちに改めて都市部のプライマリ・ケアについて再考してみたいと思います。

参考文献

  1. 国立社会保障・人口問題研究所:日本の地域別将来推計人口(平成 30(2018)年推計)-平成 27(2015)~57(2045)年-http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/1kouhyo/gaiyo.pdf
  2. 藤沼康樹編.省察:大都市の総合診療.第1版.カイ書林;2015.7-13.
  3. AAFP Urban/Inner-City Training Program in Family Medicine https://www.aafp.org/about/policies/all/urban-training.html
  4. Mitsuyama T, Son D, Eto M. Competencies required for general practitioners/family physicians in urban areas versus non-urban areas: a preliminary study. BMC Fam Pract. 2018;19(1):186. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30497398/
  5. WHO:都市部の健康に関するグローバル・レポート発表https://extranet.who.int/kobe_centre/ja/news/Urban_Health_20160331
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